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先日、車移動をしていたら、原子力発電所をやめろというデモを起こしていた方々を見ました。原子力発電所をやめろと単に言われても、原子力発電所の何がいけないの?なぜ、そう言われたら原発をやめないのか?など疑問に思いませんか?今回は、原子力発電所ができた経緯や、原子力発電所のメリット、デメリット等を紹介していきたいと思います。
核の歴史
核兵器の歴史では、核兵器とは、核分裂および核融合を用いた大量破壊兵器の総称である。 1930年代になされた核物理学上の発見によって核兵器の実現可能性が示された後、1940年代には実用兵器として使用できる原子爆弾が開発され、冷戦期間中に、米ソ両国による核開発競争を招いた。 (Wikipedia参照)
第2時世界大戦中にアメリカが、作りました。
第2時世界大戦の1945年に、アメリカが、広島市に原爆を投下しました。広島市の人口は、30万〜42万人であり、当時の米大統領であった、ハリー・トルーマンが原爆投下を承認しました。
核のビジネス転換
1953年 アイゼンハワー大統領が、演説をする。
戦争終了後、核が作られていた場所、人件費、核自体が、無駄となりました。これを何かうまく使えないかと考えた際に、核は、膨大なエネルギーを生むことができるので、これからは、生活の一つとして使おうとしたのが、演説の内容でした。さらに、アメリカがこれをすることで、全世界で、原子力を使う時に、原子力発電所のモデルを売るということをしました。そうすることで、核の情報を握ることができるので、一石二鳥です。
日本の原子力発電所の始まり
上記に記載したことに目をつけたのが、後の、総理大臣になります、中曽根康弘です。当時は、改進党の人でした。その時に日本で原子力発電所予算案を通しました。
1954年 正力松太郎(読売新聞が小さい頃に買収した人)が広める
正力松太郎氏が、読売新聞を大きくし、彼が、読売新聞内で、原子力というのは、新たな素晴らしいエネルギーであるという連載を発表しました。水爆事件の被爆により、危ないものじゃないかという批判が広がりました。のちに、伊勢丹主催で、「誰にでもわかる原子力展」を行い、正力松太郎氏が、「この凄まじいエネルギーをもっといい風に使いましょう」と、アイゼンハワーの演説のようなイメージで力説していました。
1955年 読売新聞主催の「原子力平和利用博覧会」を行う
誰にでもわかる原子力展を行った後に、読売新聞主催である、「原子力平和利用博覧会」を開催しました。さらに、この博覧会を日本テレビにて、放送しました。この博覧会は、非常に人気で、全国10会場で、260万人が来場するほど、人気でした。
1956年「原子力推進委員会」が設置
この委員長を、正力松太郎が務めました。その中で掲げたものとして、「5年以内に採算の取れる原発を作る」というものでした。
発電所の候補地
電力会社に候補地を出させました。そこに上がってきたのが、新潟、宮城、福島でした。さらにその中でも、過疎地を選んでいました。理由としては、過疎地は、お金がないため、潰れるかもしれない可能性がありました。田中角栄内閣が電源三法と言われる法律を作り、原子力を建てさせてくれたら、多額の給付金をあげるという内容であったため、許可する村が多く出てきました。
オイルショックによる原発の見直し
1970年代にオイルショックが2度にわたって起こりました。世界各国の経済に大きな影響を与えました。オイルショックとは、中東で戦争が起きたため、原油の価格が高騰しました。それにより、違うエネルギーの見直しも懸念されました。その時に、注目を浴びたのが、原発でした。
原子力発電所の事故
1957年 イギリス ウィンズケール原子炉火災事件
世界初の原子炉事故です。イギリスで史上最悪な核施設の事故と言われています。
1957年 ロシア ウラル核惨事
ソ連のウラル地方の核技術施設で発生した原子力事故です。当時、核廃棄物の危険性が認知されていなかったので、施設近隣の川や湖にそのまま流されていました。
1986年 ロシア チェルノブイリ原発事故
ロシアのチェルノブイリにある4つのうちの1つが、メルトダウンを起こした後、爆発しました。その爆発により、自国だけではなく、世界に拡散させてしまいました。これにより、死者が、73万4000人ほど出たと言われています。
メルトダウン・・・炉心溶融と言われており、冷却系統が壊れてしまい、温度が上昇してしまい、核燃料が融解してしまうこと
2011年 日本 東日本大震災による福島第一原発
2011年東日本大震災の地震の影響で、チェルノブイリと同じように、一つが、メルトダウンを起こしてしまいました。あの事故から約9年ほどが経過していますが、今でも、復旧をするために、作業員が必死に作業しています。人が住める地域には、なっていません。
メリット
原子力発電の燃料であるウランは、石油等に比べ、安定しています。ウランの核分裂起こし、ウラン1グラムで約、石油2000リットル分のエネルギーを生み出すことができます。発電所を1年間で運転するためには、石炭で、235万トン、石油で、155万トン、天然ガスで、95万トン、なんとウランでは、21万トンで稼働することができるのです。これを見てわかるように、核は、少ない量で、非常に膨大なエネルギーを生むことができるのです。
Co2を排出しません。そのため環境に対しての配慮がされているため地球温暖化の対策の一つとして期待されています。
デメリット
先程、原子力発電所の事故で記載しましたが、メルトダウンといって、冷却期間が壊れてしまうと、温度が急上昇してしまい、爆発を起こしてしまいます。これが起きてしまうと、たくさんの放射能が漏れてしまうため、人が被爆してしまったり、その地域に住めなくなってしまったりしてしまいます。
被爆・・・放射能によって、人体的にダメージを受けること、あまりに酷い量の放射線を浴びてしまうと、癌になる可能性があります。
放射性廃棄物の処理方法が確立されていません。放射能廃棄物は、土に埋めることになっていますが、その地域等が明確に決まっていません。さらに、この放射性廃棄物を埋めた際に影響が出ないよう、約300mに埋めるので、さらに莫大な費用がかかります。
簡単に説明しましたが、このように、他の発電方法に比べ、非常に危険なものです。
原子力発電所の未来
原子力発電所が、メリットも大きいし、デメリットも非常に大きいので、なんとも言えません。ですが、日本は、エネルギー資源に乏しい国なので、原子力発電所は、重要な一つのエネルギーだと言えます。ですが、放射性廃棄物の捨てる場所などの対策が不透明なため、すべてを明確化することで、より一般市民に安心を提供できるのではないかと考えます。
まとめ
核兵器は、戦争のためだけに使われてきましたが、今では、生活の一部になっています。日本が原子力発電所を持っている理由として、核兵器をいつでも作れるようにしておくためなどのうわさも流れていますが、事実なのかは、わかりません。まだまだ分かっていないことが多くあるこの核の問題、原子力の問題。わかっていないことをわかるようにすることで、いい方向に向かっていくはずだと思います。